TETSUYAの航海

テツガク好きな医療人です。時々イラスト練習中。

小説「仮題・ヒギンズ教授の憂鬱」第1章ー2

(俺・倉科哲也は、気まぐれで、高校の後輩ミチに、「彼女が通う大学のサークルのS先輩をゲットする」というミッションに向かわせるため、プライベートレッスンを始めた)

 allnightsailor.hatenablog.com

 

 

より。

 

「いいか、ステディになるまで、Sっちに笑顔以外の表情は見せようとしなくていい。

そいつと同じ空間にいるときは、やつがどっちを向いていても笑顔だ。

合言葉は、『Sと同じ空気を吸ってれば幸せ』だ。

そして、できるだけそいつの顔を見ていろ。

目があったら一瞬で笑顔を作るために、ずっと観察しておくんだ。

それで、目が合ったら、1秒ちゃんと視線を合わせろ。

そんで笑顔のまま目をそらせ」

 

「はいっ倉科先生っ」

「先生じゃない!」

「倉科先輩…略して倉先! あ、やっぱ一緒じゃん」

「もういい。…笑ってみろよ」

にぃ…

「こうですか?」

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ああぎごちない。

「全然だな!」

これは教え方に工夫が必要だ。

 

「ミチ。お前は照れ屋だから、すぐ拗ね顔をする。

それ、封印だ!」

 

「そこにたけ〇ちりょーまがいると思え!」

「私、タケル君のほうが」

「なんでもいいぞ!」

「なんでもなんて! 先輩のばかあっ」

何か踏んだらしい。この忙しいときに。いや、暇なのか。

 

「ほら、ここに子犬か子猫が寝そべっているとしたらどうだ?」

「え? 先輩飼ってるんですか?」

鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。

「いや、いたらだよ。…あ、あった」

たまたま転がっていた馬のぬいぐるみを目の前にとんと置く。

「ほら、な?」

「はい…きゃ~」

ミチはぬいぐるみを一心にモフモフし始めた。

なかなかいい顔だ。

さて…男の気持ちを引き付けるのにふさわしい顔ができるかな?

 

何日か繰り返すうち、いい表情ができるじゃないかと褒めてやった。

「えへへ。テレビで映画見て真似しました」

「へえ、だれの?」

「あの、あの、ローマの王女様」

「…『ローマの休日』か。オードリーじゃないか」

「かわいいですよね!」

「ってか、最高峰だろう。よくそんな大それたことを思いつくな」

ドラマを見て…だったらともかく。

 

「つまりカメラ回ってる間ずっと笑ってるのね…こんなのできたらアイドルになれるわ…」

いい感想じゃないか。アイドルだと思って頑張ってみようか。

「相手が心を許すまでは、役を演じるんだ。相手が気を魅かれるような…な」

「先輩は誰が好きなんですか?」

「はっ、聞いてどうする? 実は内田有紀だ」

「オードリー…内田有紀…わかった!」

「どうわかった!?」

「ショートヘアがいいのね! 切ります!」

「そこじゃなーい!」

「彼女さんもショートなんですか!?」

「い、いや」

俺の彼女はセミロングだ。

 

そして、隠し技を伝授する。さりげない接触だ。ソフトタッチだ。

部室で会った日は、1回だけでも必ず肩でも腕でも、なんなら背中でも触っておけ。

最悪、糸くずがついてますよでも構わない。

使い方は練習が必要だが、有効だ。

ほら、触ってみろ。いてっ、それは叩いてんだよ。

こんな感じだよ、ほら。

「…ああ、触られてるかもってぎりぎりわかる」

これがソフトタッチだ。

「気持ちいいかも…わかったーわかりました」

ミチはちょっと上目遣いになって「いいなー…先輩の彼女は」とつぶやいた。

…いや、それはどうだろう?

俺は、最近、会えばケンカばかりしている彼女を思って、ズキッと胸が痛んだ。

どうしてああなっちまうんだろう?