TETSUYAの航海

テツガク好きな医療人です。時々イラスト練習中。

小説「仮題・ヒギンズ教授の憂鬱」第一章-6

 

allnightsailor.hatenablog.com

 

より。

 

その夜。LINE着信。

「先輩! 相談の続き、乗ってくれる気ありますか?」

当分話もできないと思っていた。

それほどあの顔は、コミュニケーションブロックの権化だったのだ。

 

「今からお邪魔していいですか?」

今は一人だ。昼間のことがあり、埋め合わせたい気分があったので、承知してしまった。

もう来るなと言ったのに。情けないものだ。しかも、俺がミチに弱気になるなんて。

 

 

ドアを開けて、少し入って、じっと待っている。

「入れよ」

「はーい」

おずおずと、そしてきょろきょろと。

デジャブ。

俺が教えたとおりの、男の部屋への入り方。

ミチはおもむろにつぶやいた。

「倉科先輩…前と変わってない」

「え?何が」

ドキッとした。

「この部屋、本がいっぱいだわ」ふふっと笑う。

部屋のことか。

「そんなにすぐ変わるわけない…」

ちょっと言い返してみたが、本棚に言及されて、満更でもない。

 

「今日はもう世間話はいらないぞ、ミチ」

「…じゃいいます。私、頑張ったと思う。倉科先輩のレッスンも、S先輩とのお付き合いも」

「もうだめなのか?」

「仕方ないでしょ? 頑張ってどうにかなるもんでもないみたいだし」

 そうだ。

こいつは「夢」を叶えるために、努力したのだ。そして、実ったのだ。果実をどう扱おうと、ミチのものだ。それはそれでいい。

Sの味方をする義理など、俺にはなかったのに。「もっと努力すれば」なんてしたり顔でいうより、「師匠」としてできることはあったはずだ。

 

「昼間、な、考えなしな返事して済まなかった」

「…悪いと思ってます?」

「…あぁ。」

「じゃあ、もういいです」はじけるように、笑う。

「あー、すっきりした」

君の用事はこれだったのか。

 

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「先輩、でも私頑張ったんです。先輩の言う通りあれもこれも」

「そうだな。大人っぽくなった。できなかったこといっぱいできるようになった」

「そんで、一生できなかったかもしれない経験もできました。先輩がついててくれたから勇気出していっちゃったんだと思う。ダメだったけど」

「結果出したじゃん、お前はほんといい生徒だったよ」

「うまくいかなくてごめんなさい」

「いや…相手との相性までリサーチしてなかったからな」

「相性って…体の相性はよくなかったけど」

「からだ…」

「え? え! いやだ、何もないですよ、S先輩とは!何もっていうか、キスだけ! 唇まで!」

「えっ? そうなんだ!?」

「体は清いままなんです~」

斜め上を見上げて手を優雅に振り上げて、歌うようにいう。ミュージカルか。

 

 

「だから、先輩」

 

少し斜め下から。

上目遣いに。

微かに、しかしはっきりと距離を詰めて。

少し唇を突き出して。

唇には、真っ赤な「本気の」ルージュが光っている。

 

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「頑張ったご褒美に。卒業記念、下さい」

 

俺が。

教えた。

作法で。

すいっと距離を詰め。

また離れる。

吸い寄せられる。

息苦しい。目がかすむ気もする。

 

「彼女がいるって知ってるよな?」

声がかすれた。まずい。

 

「ご褒美だけですよ?」

 

ただの後輩が、”理想の女”として目の前にいるー