TETSUYAの航海

テツガク好きな医療人です。時々イラスト練習中。

小説「仮題・ヒギンズ教授の憂鬱」第一章-5

 

allnightsailor.hatenablog.com

 

より。

 

夏の恋人は忙しいものだ。

まして初めての相手となら、何をしてもうれしいに違いない。

しかし、ミチのLINEは、少し沈んでいた。

「んーS先輩ね/大事にしてくれてうれしいんだけど…なんかなー」

「なんだよ/早くも倦怠期か? 責任感じるよ/どっかで話聞こうか?」

「暇なんですね?」

憎まれ口を利きながらミチはうれしそうなスタンプを送ってきた。

 

ミチのマンションの近くのきれいな喫茶店に入った。光がいっぱいで、学生ばかりのため静かすぎず、おしゃれすぎず、抑えのきいた感じの店だ。

こういう店を選ぶようになったのか。

実践はやはり一番人間を鍛える。

 

「先輩、久しぶりに会えた…」 ミチは笑っている。

「会えないなんて言ってないだろ。あ、言ったか?」

「来るなって言ったよー。いいけど」

「髪を切ったのか…」

「あ、はい」

「…」

「自主的にですよ。夏だもん」

「あ、なんだ」

「なんだと思いました?」

「そ、そりゃ…」

Sの趣味かと思った。

けれど、それは、俺にもはなはだ好ましい、昔の内田有紀のような、ショートだった。

みなまで言わずに済むように、それで、と話を変える。

 

「楽しくないの?」

「楽しいですよ?」

「そう? 何してた?」

「コンサート行ったり、自転車乗りに行ったり…」

「サイクリング?」

「いえ、サイクルスポーツセンターですよ」

「おお、ほんとに自転車に乗りに行ったのか」

「そう…」

「そういうの好きだったんだ?」

「Sさんはね」

あ、と気づいた。こいつはインドア派なのか。

 

「初めての彼氏ができたんだ。なにをしても、初めての経験ってやつだよ。楽しめば」

 「楽しいんだけど…」

 はあ、とため息をついた。

「なんか私の話聞いてくれないし…」

男と女の永遠のテーマ。コミュニケーションギャップが見えた。

 

「お前がしゃべりすぎなんじゃないの?」

お前のペースに合わせるの大変なんだよ、というのは飲み込んだ。

「だって聞いてほしいじゃないですか…」

不服そうな顔だ。

 「お互い慣れればいいじゃん」と言ってみた。

そして。夏中聞きたかったことを聞いてみようと思った。どこまで踏み込めたのだろう。それこそペースが合ってないのだろうか。

「それで…その…Sさんはどうなんだ」

「どうって」

「あー…恋人らしいことはしてるのか?」

「キス。何度もしたよ。でも…」

少し上目遣いにまっすぐ俺を見て、

「あんまり気持ちよくないんです」

 

いきなりミチの瞳が大きくなったような気がした。

実際にはほんの少しこちらに顔をよせただけだ。

 

「こんなもんなのかなって。でも、もっと恋愛って気持ちいいモノなんじゃないかって思って…」

 

突然、目の前に「おんな」が現れた。

恋愛指南をされている「生徒」のはずが、大人の相談をしている。

「へ、部屋にいったんだろ? 恋人としてさ」

「部屋もね、さっぱりと飾り付けてあるんだけど。ダンベルとか置いてあるんだよ」

「マッチョなのか?」

「それなのに本とか全然なくて」

倉科先輩の部屋と違くて…と付け加えながらため息をつく。

「新鮮味がないんです」

うーん。感覚の話は、答えようがない。

黙っていると、どんどんミチはぬかるみにはまっていく。

「そっか…私、S先輩を求めてたんじゃないのかも。恋に恋してたんだわ」

「過去形かよ! やめろよ」

「好きな人がいればよかったのよ。恋人がほしかったんじゃない」

今までの努力は何だったのか。責められるのは俺なのか?

 

「ううん、違う…やっぱり付き合いたかった…それなのに…私何いってんだろ」

「そ、そうだよ」

「私、恋愛に向いてないのかな…」

 

相手をしているのが急につらくなってきた。

話を打ち切りたい。もしくはこの場を去りたい。

そんな乱暴な気持ちが、口をついて出た。 

「好きになって、お前から誘ってさ、捕まえたんだろ? せっかく彼氏彼女になれたんじゃないか。もうちょっと努力してみたら…」

 

「努力?」

 

我ながら、”問題を先送りしてこの場をやり過ごすための、投げ出すような言葉”に、十分聞こえた。

ミチの顔はすっと醒めていた。

 

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「報告終わり。帰ります…」

あ…ああ…

俺はうろたえていた。

怒らせてしまった? いや、失望させてしまった?