小説「仮題・ヒギンズ教授の憂鬱」第一章-7
より。
「…先輩? 練習を始めたころ、『ローマの休日』観たっていったでしょう? 倉科先輩はオードリー・ヘップバーンが好きなのかなって思ったの。だから一生懸命オードリーばっか観たわ」
そこにいるのは、俺が自分好みに合わせて、育てた女。
「マイ・フェア・レディもご存じですか? 知ってるよね…ここにいるのは…イライザと…ヒギンズ教授よ」
ブルルル、プルル。
LINE着信。
俺かー?
いや。
ミチだ。
「Sから、だな?」
どこか苦渋の表情でスマホを見るミチに、声をかけた。
「来る前に、お付き合いを解消したいって伝えたの。話し合ったけどー わかってはくれなかった」
「どうするんだ?」
にっこり。
「もう…このアドレス、ブロック、するね」
スマホを取り上げて、さっさっと、ミチは「過去の男」を切り離した。
「ほら…私、フリーになりました♡」
勇気が要ったのよ、といいながら、カーディガンを脱いだ。白い肩があらわになる。
「ね…」
そういって、俺ににじり寄り、指を重ねた。
電流が走ったように俺の指がピクリと跳ねる。
ミチは目を閉じ、軽く顎を上げた。
ばかな。なんとか優位を保て。
「キスだけだ…授業料にもらってやるよ」
肩をぐっとつかみ、背中を抱き寄せ、まっすぐ唇を合わせた。
すっと背中をなでおろす。軽くのけぞるミチ。
唇が離れた後、肩の手を頭にまわして、抱いてやった。…いや、これは礼儀だ。他のナニモノでもなく、ただの礼儀だ。いい女への。
ミチは脱力して、薄くあいた唇からはあ、はあと荒い息を吐き、ふうっとため息をつく。唇は赤く光る。
そしてかすかな声でつぶやいた。
「…素敵…」
やっと目を開けたミチは濡れた唇で声を漏らす。
「ほらぁ…なんでこんなに…違うの…」
比べてほめるのは、男を奮い立たせると知っていてやっているのか。
教育の成果か、天性のものなのか。
「ね、これ、哲也の魔法…?」
ふうっとため息をつく。
「まだ…あ…ふ」
もう一度目を閉じ、少し震える赤い唇をくぅっと持ち上げる。
もう俺は吸い寄せられるしかなく、もう一度キスをした。
ミチの白い腕がとんできて、俺に絡みついた。
「2回目のキスは…なに?」
息をのんだ。
これは卒業記念では済まない。
「お前の努力に応えたんだよ…頑張って化けたからな」
「ああ、帰らなくちゃ」
まだその場で呆然としている俺をすり抜けて、ミチはさっと起き上がり、薄く白いカーディガンを羽織った。
「今日はありがとうございます」
しなやかな動きで、いつの間にか、玄関にいる。
なんだと。俺がしてやられるなんて。
余韻と未練。
教えの通りと分かっていても、気をひかれてしまう。
ゆっくり立ち上がった。
唇の分、少し大人になったミチは、うれしそうにつぶやいた。
「…卒業したらね、先生と生徒じゃ、ないんですよ、て・つ・や先輩…」
目を見開く俺の目の前で、ドアがゆっくりと閉まった。
俺は馬鹿みたいに立ち尽くしていた。
(第1章・完)
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TETSUYAです。
テツガクとコイバナを愛する文芸部なので、小説を書き始めました。
文芸部活動なので、ブログとしては変化球だけどまあいいかと思ったのですが。
小説ではなかなか皆様の目に留まってくれないようです。
第1章を終わらせて、あとは需要があれば考えます。
やはり、正統派の努力をすることにします。
あと、はてブロのシステムがよくわかっていないので、どんなボタンを押せばどうなるのかとか、わかり始めたら、はて民の皆様の高度な交流に入っていけるのでしょうね。