航海~12.交通事故死と遺族の婿(修正)
社会人大学院にまつわる波乱に満ちた日々を描いております。
より。
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義父(妻の父)の事故死。
妻は、2人姉妹の長女。
義母は軽い認知症もあり、要介護認定を受け、週3日デイケアに通う状態。全く社会的なことでは活動が間に合いません。
私は、喪主となった妻をサポートしながら、義母の生活を成り立たせる算段をし、そのためにも、事故への対応を迫られることになりました。
先方の会社は、たぶん誠実な対応をしてくれています。
社長が病院にも葬儀会場にも出てこられました。そして本人も。
義父より少し若い、初老の男性。
瘦せて…震えて…そう、しょぼくれたひと。
こんな人が。
ひょいと油断をして。
義父の命を絶ったのだ。
そのちょっとのかけ違いで。
結果はあまりにも重大なのだ…。
先方の保険会社の担当者がご挨拶に来られました。
自賠責の説明をしていかれました。
これから義母の生活が立つように算段していかなければいけない。
認知症の進む義母が”どんなこと”になっても対応できるように。
そう…
この住み慣れた家で、一人で、暮らすことが、とても危険なことになったとき…
私たち夫婦、妻の妹夫婦の生活をつぶすようなことにならないで、それを達成しなければならない。
しかし、提示された金額は1千万円に届かず。
ある意味仕方ありません。自賠責では本人分慰謝料は上限400万円と決められています。
また、逸失利益は、「基礎収入額×(1-生活費控除率)×ライプニッツ係数」で計算されます。すでに年金生活の義父の、命の値段は残された妻の暮らしを支えるにしては、安いものでした。
しかし、私に火をつけたのは、「責任割合」。
10割加害者が悪いということは法的には認められないと知りました。
でも、9割だという。
義父は点滅信号の黄信号に進入しています。すなわち、赤点滅信号に車がぶつかってきたのは違反があったということなのです。
もちろん、そこには一時停止ラインがあり、義父の進行方向が優先車線でした。
義父は長年、危険物を運搬するトラックの運転手をしていました。
その安全さは会社も家族も折り紙付きです。
家族との旅行以外にあまり趣味のなかった義父。もちろん自動車で日本中行きました。
定年後も嘱託として雇われ、若者への指導係も頼まれていました。
そんな義父に、この状況で、1割もの責任負担を、認めるわけにはいきません。
義父の遺品をまさに家をひっくり返しながら検証していきましたところ、自動車保険の特約に…ありました。
弁護士特約!
すぐ連絡を取り、事情を説明し、依頼するために事務所を訪れました。
また、現場写真を撮り、警察の説明も一字一句聞き漏らさず、事故の状況を何度でも説明できるよう記録しました。
義母のところに、目撃者として警察にお話ししてくれた方が訪問してくれました。なんと昔なじみの医院の看護師さんでした。
警察の呼び出しも、弁護士への訪問も、検事さんとのお話も、すべて私が窓口となりました。
妻は葬儀全般はもちろん、介護保険や生命保険、義父の社会保険の後始末など、かつて私が自分の父の死の時にへとへとになりながらやったことを担当していますから、交渉や折衝事は私が引き受けました。
葬儀社と談判して費用を100万円節約した(規模は縮小しませんでしたよ)のも、私です。
そして。
保険会社から弁護士事務所へ、回答が示されました。
責任割合、9割5分。
金額、3000万弱。
民事裁判を実際に起こして、あと100万や150万積み上げるより、早期決着のほうがもちろん義母にも妻にも良いと判断し、彼女らに報告したうえで、判を押しました。
民事裁判せずに、自賠責でこれだけの回答を得られたのは珍しいのではないでしょうか。
いわゆる「弁護士価格」。情報をまとめたり、上申書を作成したり、まめに実直に各方面に足を運んで、弁護士さんとのチームが最高に機能したからだと思っています。
私ども夫婦と義母との間にいろいろありましたが、またの機会に。
くどいようですが、私の大学院の研究の「研究実施計画書」の作成も並行して進めていました。
これが認可されなければ、研究に着手することはできませんから。
毎夜、疲労困憊でした。
年内提出はとっくにあきらめ、1月提出も無理かと思われましたが…
ぎりぎり1月の審査会に間に合いました!
こうして、なんとか年度内に認可が下りました。
春から研究開始を待つばかりとなりました。
(続く)
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大変申し訳なく修正を申告いたします。
12月末から1月頭に9連休があったのは2019年度でしたね。
勘違いでした。